『当球レコーディング大会』
滝 昇龍
◇後編
「ボタン! なんであいつがここにいるのよ!?」
ハッとしてスマホを取り出す。
そこにはボタンからのメールや着信履歴が山のように積み重なっていた。
あーそういえば消音モードにしたままだったわ……。
つまり、私と連絡がつかなかったから来てしまったと。
「えっと、助けなくていいのか? それとも続けるのか?」
リク君がそういうので、助けに行った方がいいかなぁと思ったが、この光景をどうアテレコするのかも、めちゃくちゃ気になる。
「続行でいきましょう。大丈夫、ちゃんと後で助けるわ!」
「よし、では先手必勝! 今度も僕から行かせてもらおう!」
そういうとセイヤ君は、じっとボタンの方を見つめ始めた。
何とか逃げようとしているアラト君をがっちり捕まえ離さない、ボタンのアテレコをすることにしたようだ。
「『おーほっほっほ! さぁアラト様。この間のお返事お聞かせくださいな』」
「ふっくぅ……言ってそう。ていうか上手くない?」
これが普段の二割増しの威力。思いっきりが半端ないというか、セイヤ君がアラト君を『様』呼びするのがとにかく可笑しくて、涙が出てくる。
「『も、もう少し待ってください! お願いしますから!』」
突如びっくりするぐらいのイケボで、アラト君のアテレコをしたリク君の二球目に、
「似合わないぃぃぃひっふ、ふははは」
私はツーストライクをとられた。
真剣にそう言っていると考えれば考えるほど変な感じで、笑いが止まらない。
アラト君から離れたボタンは、何やら目を輝かせ、アラト君の手を両手で包み込んで、一方的に何かを話し始めた。
それに対しボタン役のセイヤ君は、先手を打つ。
「『今、何でもするって言いましたわね! じゃああれをしてほしいですわ!』」
アラト君役のリク君が、それに続く。
「『何でもするなんて言ってないよ! やめろ……ピーマンを食べさせられるのは嫌だぁぁぁ!』」
「アッハッハッハ、まさかのピーマン!」
華麗なるストライク・スリー。いや、むしろデッドボール並みの衝撃が私を襲った。
あまりの大笑いに、中庭の二人にばれてしまったようで、アラト君と目が合ってしまう。
アラト君は助けを求めて何か叫んだが、ボタンに引っ張られ中庭から姿を消してしまった。
「『ほら、こっちにいらして! 悪いようには致しませんわ。三十分もあれば終わります!』」
「『嫌だ! 家で……家でうどんが待ってるんだ!』」
「あぁは、もう、もう無理。一か月分ぐらい笑ったわ」
最後までアテレコを続けたリク君とセイヤ君は、私につられるように笑った。
「で、どっちがよかったんだ?」
「え、何が? そんなことよりアラト君を助けに行くわよ!」
「えぇ嘘おぉぉぉ! ちょ、ちょっとナキリさぁぁぁん?」
私たちは、アラト君を助けに階段を駆け下りるのだった。
(了)