◇ 二章 幼いマギカティスト
着替え終わったあと先生の案内で二階へ向かう。渡り廊下の先へ進むと、突き当たりに両面扉があり、《ゆうぎしつ》と書かれた看板がかかっていた。
「それでは入りますね」
先生が扉を開ければ、中から子どもたちの声が溢れてきた。彼女に続いて遊戯室に入ると、騒がしかった場は一瞬にして静かになる。ジッとこちらを見る子どもたちに、アラトは思わず息が詰まった。
「はいみんな! 今日からお遊戯会のお手伝いをしてくれるお兄さんとお姉さんです! みんな仲良くしてね! では自己紹介お願いします」
「エルト芸術学園から来ました、水留ナキリです。気軽にナキリお姉ちゃんって呼んでね!」
「ぼ、僕は来栖アラトです。えっと、アラトお兄ちゃんって呼んでくれたら嬉しい、です」
そう言ってアラトはちらりと子どもたちを見る。さっきとは違い笑顔の子もいて、ほっと胸をなで下ろした。
「それじゃあみんなも自己紹介してね。僕から、私から! っていう子はいないかな?」
先生の言葉に、子どもたちは元気よく手を上げ始めた。
自己紹介が始まると、アラトは顔と名前を覚えようと注意深く聞く。最後は、端の方に座っていた男の子だけが残っていた。
「じゃあ最後はソウタくんだね。ソウタくん、自己紹介できるかな?」
「は、はい!」
ソウタくんと呼ばれた男の子はゆっくりと立ち上がった。
「あ……。お、音海ソウタ【おとみ そうた】です。役は、へ、兵隊さんです。よろしくお願いします……」
段々と声が尻すぼみになっていく。ソウタはぺこりと一礼すると、座って顔を隠すように下を向いた。
(あの子だけ元気がない……。大丈夫かな)
何かに怯えているような姿に、アラトは心配する。しかし話しかけようにしても周囲の目があるため、思うだけに留めた。
「じゃあ次に、アラトお兄ちゃん、ナキリお姉ちゃんに劇を見てもらおう! みんな、準備して!」
先生はそう言いながら手を叩く。その音で子どもたちは一斉に動き出した。
「お二方はここへ」
アラトたちはステージ前に用意された椅子に座る。しばらくすると照明が落とされ、遊戯室内は下手の袖幕付近を除いて真っ暗になった。
照らされたそこには、一人の少年が立っている。
「ひまわり組の劇、『オズの魔法使い』始まりはじまり~」
その言葉のあと照明が消える。すぐにステージ全体が照らされ、中央には体操服に青いスカートを履いた女の子が、犬のぬいぐるみを持ちながら立っていた。
「わたしはドロシー。犬のトトと仲良し~~。おじさんとおばさんと一緒に暮らしているの~」
彼女が歌いだすと、どこからともなく楽しげな音楽が流れ出した。その音楽は明るいポップ調で、彼女の演技にピッタリはまっていた。
「あ、音楽が聞こえる……」
「あの女の子のマギカルトね。歌いながら演技をすれば、それに合った音楽が流れるらしいわ」
「へぇ……。水留さん知ってるんだね」
「さっき見ていた名簿に書かれていたの。アラトくんにもあとで渡すわ」
やがて劇は中盤に差し掛かる。下手から、ファーのついたダウンジャケットを着たライオン役の男の子が登場する。
「ドロシーさん、僕も連れてって。僕、臆病だから勇気が欲しいんだ!」
男の子が腕を広げると、彼の背後にライオンの姿が現れた。
「すごい! ライオンだ……!」
「あの子のは、演技をすれば、役の映像が背後に浮かび上がるっていうマギカルトなんですって」
「へぇ~、まだ幼いのに鮮明に映ってるね……!」
そう言ってアラトは目を輝かせた。ドロシー役の子は舞台に合わせた音楽を流し、ライオン役は綺麗な映像を映し出す。その技術力の高さに、驚きと称賛の気持ちが湧いた。
ドロシーが仲間を集め終えると、場面が暗転する。照明がつくと、背景が町の景色へと変わっていた。
「エメラルドの国に着いたわね」
「そうだね。あっ、あの子……」
アラトは上手に目を向ける。そこには兵隊役として、おもちゃの剣を持つソウタが登場していた。
ソウタを含めた兵隊役の三人が、ドロシーたちを取り囲む。
「僕らはオズ様の兵士!」
「きみたちは誰だ!」
「あ、えっと……」
ソウタは言いよどむと、剣を振り上げたまま石のように動かなくなった。他の兵隊役の子どもが耳打ちをするが、彼は一向に動く気配を見せない。その姿に、アラトは何とも言えない不安がこみ上げた。
「あの子、大丈夫かしら?」
ナキリも心配そうに呟く。室内は徐々に重苦しい空気に包まれていた。
「あ……あぁ……」
ソウタはわなわなと震え始め、手から剣が落ちる。瞬間、彼はステージから走り去り、廊下へと逃げていった。
「ソウタくん!?」
「水留さん! 僕、行ってくる!」
「え、ちょっとアラトくん!?」
ナキリにそう言い、アラトは逃げたソウタを追いかける。
廊下に出ると階段から勢いよく降りる音が聞こえ、急いで下へと向かった。