◇ 三章 似た者同士
「ソウタくん待って!」
声をかけても足音は止まらない。一階に辿り着き周囲を見渡すと、外廊下の先にソウタの姿が見えた。
走って彼の前に立ちはだかれば、ソウタは涙ぐんだ目でアラトを見上げた。その表情は、怯えていた。
「ソウタくん、どうしたの?」
語りかけても、ソウタは涙を浮かべたまま黙りこくる。アラトはしゃがむと、彼の手を取った。
ソウタのかじかんだ手から冷たさが伝わる。
「僕は今日が初めてだから、君のことをよく知らない。だけど、君のことが心配なんだ。だから逃げ出した理由、僕に教えてくれないかな?」
そう訊くと、ソウタは小さく頷いた。
アラトはソウタを外廊下にあるベンチに座らせる。エプロンを解き、毛布代わりにと彼の体にかける。ソウタはそれを掴んで深呼吸すると、重い口を開いた。
「ぼく、マギカルト使えないんだ」
彼の呟いた言葉に、アラトは「えっ」と驚いた。
「昔は使えていたんだよ? ぼくが喋ると、ぬいぐるみが動きだしたんだ。パパもママも喜んでくれて、みんなもすごいって言ってくれた。だから、もっと頑張ろうって思った。なのに、なのに突然、使えなくなったんだ……」
ソウタは涙声になりながら今までの苦しみを吐き出していく。アラトは静かに彼の言葉に耳を傾ける。
「使えるようにならないとダメなのに、何度頑張ってもダメだった。ママもパパも大丈夫だ、また使えるようになるって言ってくれたけど、まだ、使えなくて……。だからもっと、もっと頑張らないといけないのに、ぼく逃げちゃった……。ぼく、悪い子なんだ……」
そう言ってソウタは顔を上げる。その目は赤く腫れていて、まるで彼の傷を表しているかのようだった。
長い沈黙が訪れる。ときおり鼻をすする音だけが聞こえ、静寂を破っていた。
アラトは目を伏せた。ソウタは多分、周りの重圧に負けてしまったのだろう。親に期待を寄せられ、気づかない内に負担が蓄積していた。そしてある日、使えなくなった。
彼ならどうにかマギカルトを出そうと頑張るはずだ。しかし頑張れば頑張るほど、重圧に押しつぶされる。それを宥められても、自身を責めて……。
ソウタの心中を思うと、胸が苦しくなった。しばらくしてアラトは一つ大きな息をはき、彼に目をやった。
「ソウタくん、次は僕の話を聞いてくれないかな? 実は僕もね、マギカルトが使えなくなったんだ」
ソウタは目を見開いてアラトに顔を向けた。
「お兄ちゃんも?」
「うん、僕のマギカルトは絵が動き出すんだ。でもある日、弟と喧嘩しちゃって、それから使えなくなったんだ……。でも僕は絵を描くことを止めなかった。僕の絵を、好きだって言ってくれる人がいたから」
アラトはソウタに向き直ると、
「だから自分を責めなくていいんだよ。マギカルトが使えなくても、君の演技がいいと言ってくれる人が必ず現れるはずだから」
優しく、そして強く語りかけた。
当時のアラトにとって、マギカルトに関係なく自分の絵が好きだと言ってくれることは、励みにも救いにもなった。そのことをソウタに教えたかった。
ソウタは黙ったままアラトを見つめている。この言葉が届いたかは分からないが、彼の目はもう悲しみを含んでいないように見えた。
「アラトくーん! ソウタくーん!」
遠くからナキリや子どもたちの声が聞こえた。
「水留さん! ここだよ!」
アラトが立ち上がって手を振ると、気づいたナキリが走り寄ってくる。先生や子どもたちも彼女のあとに続いた。
「良かった~! ソウタくんも無事ね!」
「うん、大丈夫だよ。ん? ソウタくん?」
気がつくと、ソウタはクラスメイトの前に立っていた。服を強く掴んでいたが、ゆっくりと放し、顔を上げた。そして、
「あ、あの……。いきなり逃げ出してごめんなさい!」
と大きな声で謝罪した。
突然のことで、ナキリや先生を含め、みんなが驚いて固まってしまう。すると一人の男の子が声を上げた。
「ソウタ! こっちの方こそごめん!」
「わたしも! 今まで仲間外れにしてごめんなさい!」
子どもたちが口々にソウタへ謝罪の言葉をかける。予想外の言葉に、今度はソウタが固まってしまう。
「水留さん。な、なにかあったの?」
「まぁ、色々あったわ。ちょっと子どもたちと話をしていたの」
ナキリは事の顛末を語り始めた。