◇ 六章 ただの歌
「次は、ひまわり組の『オズの魔法使い』です」
拍手が遊戯室全体に響き渡る。壁際に立っていたアラトは、その迫力に目を瞬かせた。
「す、すごい数だね……」
マギカルトが使える子どもたちによる劇とはいえ、ここまで人が集まるとは思っていなかった。驚きのあまり固まるアラトに、隣にいたナキリが耳打ちした。
「マギカルトが使える子どもたちの劇だもの。家族だけじゃなく、色んな人たちが見に来ているわ。ほら、あそこの席に座っている人。たしか有名な劇長よ」
「ほ、本当だ……」
人の数もさることながら、有名人も来ていることにアラトは驚いた。その分、ソウタのことが気になってしまう。
舞台は場面が転換し、ドロシー役が森を歩いている。上手から、衣装を着たソウタが登場した。
「来た……」
アラトは固唾を呑む。たとえ台詞が出なくても、舞台裏で先生が声をあてる算段になっている。
安心はあれど、場の雰囲気に呑まれたアラトの心臓は、うるさく高鳴っていた。
ソウタはドロシー役の前に立つ。観衆が、一斉にソウタを見る。
「ぼく、臆病だから、ゆ、勇気がほしいな!」
舞台上のソウタは腕をいっぱいに広げる。するとドロシー役が「それなら一緒に行きましょ!」と続いた。
「大丈夫かな……?」
「大丈夫。台詞も演技も間違いはないわ。それに、みんながソウタくんをフォローしてる」
ナキリの言葉に、アラトは演技に注視した。たしかにソウタが台詞に詰まったとき、他の子たちが 小さな声で何かを囁いている。きっとライオンの台詞だろう。
「これなら、最後までいけるかも……!」
アラトは安堵の溜息を吐いて笑顔になる。うるさかった心臓も、今は静かになっていた。
劇はドロシーたちが西の魔女と戦う場面へと差しかかった。
ドロシー役が西の魔女役と対峙する。彼女の後ろには、ライオン役のソウタを含め、仲間たちが控えていた。
「集まっても無駄だよ。さぁ銀の靴を渡しなさい!」
「ダメよ! これは大切なものなの〜!」
ドロシー役が歌い出す。すると彼女のマギカルトで音楽が流れ出した。その音楽に合わせ、西の魔女役も歌う。
「ならば、奪うまでよ〜!」
「西の魔女! こ、この……」
ドロシー役がピタッと止まった。それと同時に流れていた音楽が消え、異変に気づいた観衆はどよめき始める。
「あ、あれ? あの子まさか……」
「もしかして台詞が飛んじゃった!?」
ナキリの言葉に、アラトは冷や汗をかく。歌、さらに彼女のマギカルトとなると、先生も台詞を言うことができないのだ。
「う……ぐすっ」
ドロシー役が怖さと恥ずかしさのあまりか、持っていた犬のぬいぐるみを抱きしめ、涙を流し始めた。舞台上の子どもたちも、想定外のことにおろおろと顔を見合わせている。
(なにか、なにか手があるはず……!)
アラトは逡巡するが、これといった打開策は閃かない。悔しさのあまり段々と頭が下がり、観衆のどよめきも耳に入らなくなる。どうにもならないと拳を握ったとき、
「そ、そうはさせないぞ~~!」
誰かが歌い始めた。
頭を上げる。声を出したのは、ソウタだった。
彼の行動にアラトは驚く。なにせこれはアドリブなのだ。自分だけではなく、ナキリや壇上の子どもたち、観衆も驚いている。みんなの目が一斉にソウタに向けられるが、彼はなおも歌い続けた。
「ドロシーは君には負けない~! そうだろう?」
ソウタは振り返り、他の子どもたちを見る。彼らは歌を振られて驚いていたが、すぐに前へと躍り出た。
「そ、そうさ~! ドロシーはすごいんだ~~!」
「ぼくたちも~! ど、ドロシーのために戦うんだ~~!」
ぎこちなくも、情熱の籠もった歌声だった。
音程なんて合ってない。もちろんマギカルトも発動していない。それでも彼らの演技に、観衆は静かに見入っていた。
ソウタは歌いながら舞台の正面に置いてあるバケツを取る。そしてドロシー役の隣についた。
「大丈夫さ~! 君ならできる~~!!」
彼の大きな歌声が響く。ドロシー役は涙を拭ってソウタからバケツをもらうと、西の魔女役に向き直った。
「悪い西の魔女! この水をくらいなさーい!」
「うわ〜! やられた〜‼」
ドロシー役がバケツを振ると、音楽が復活する。それに合わせて西の魔女役はゆっくりと倒れた。
音楽がフェードアウトしていく。ドロシー役は舞台の正面に立つと、上手に向かって指を差した。
「さぁオズさんのもとへ行きましょう!」
ドロシー役が先導し、ソウタたちがついていく。彼女らが上手へと捌けると、場面転換のためステージは暗転した。