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◇ 四章 大事なものは.....

 アラトがソウタを追いかけていった直後、遊戯室の空気は息苦しいほど張り詰めていた。

ナキリは驚きつつもどうにか落ち着きを取り戻す。振り返り、舞台上で呆然と立つ先生に向かって叫んだ。

「先生! どうしますか!?」

「一度、子どもたちを集めます! それから私たちもソウタくんを探しに――」

「せんせー! 続きしようよー!」

 一人の子どもが、大きな声で不満を口にした。

「ちょっと待ってね。ソウタくんが見つかってからしようね」

「でも、ソウタくん全然できないじゃないか!」

「今日も同じところで止まってる!」

 一人の言葉を皮切りに、子どもたちが次々に不満を口にする。先生はそれをなだめようと、優しく声をかけていく。

「でも、ソウタくんも頑張っているのよ」

「でも~!」

「それに、ソウタはマギカルト使えないんでしょ?」

 その言葉に、ナキリの胸がちくりと痛んだ。

「みんな落ちついて! マギカルトがなくても演技はできます!」

「できるけど~! マギカルトがないと、劇は面白くないよ!」

「そんなことないわ!」

 思わず大声を出してしまう。ハッとして室内を見回すと、全員がナキリに目を向けていた。

ナキリは手を胸の前で合わせる。

「ごめんね、大きな声を出しちゃったわ。でも、その言葉は聞き捨てられなかったの」

 ナキリは背筋を伸ばすと、強い眼差しで周囲を見据えた。

「お姉ちゃんね、マギカルトが使えないの。努力して頑張っても、一度も使えたことがないんだ。マギカルトが使えないだけで、賞に落ちたこともあった。だけど、私はずっと物語を書いている。なんでだと思う?」

 ナキリからの質問に、子どもたちは首をかしげる。その様子に、ナキリはにこりと相好を崩した。

「それはね、好きだからなの。どんなに辛くても、評価されなくても、昔読んだ小説のように、自分が楽しく、そして人を楽しませる物語を書きたい。その思いで私はずっと書き続けることができたの」

ナキリは胸に手を当てる。

「マギカルトは武器の一つであって全てじゃない。大事なのは自分の気持ち、好きっていう気持ちだと思うの」

 たとえ今後もマギカルトが出なくても、この気持ちだけはなくさないようにしよう。ナキリはそう心に決めていた。

「わたし、ソウタくんに謝りたい……」

 一人の女の子が、ステージから降りた。

「オレも。マギカルトが使えないなんてってバカにしてたから……」

「友だちなのに、あたし何もできなかったから、ソウタくんを探したい!」

 一人、また一人とソウタを探しに行こうとする子どもたちが増えていく。

 ナキリは先生に目配せする。先生はゆっくりと頷いた。

「さぁみんな! ソウタくんを探しに行くわよ!」

「そんなことがあったんだ……」

 アラトは遊戯室であった出来事を聞き、驚嘆の声を上げた。

「まだ小さいから分かっていないってこともあったけど、やっぱり勘違いしたまま成長してほしくないなって思ったの」

「なんだか水留さんらしいね」

「そう? そういうアラトくんは、珍しい行動をしていたわね。ソウタくんを追いかけるなんて」

「うん。自己紹介のときからちょっと気になっていたんだ。話を聞いていると、段々放っておけなくて……」

 アラトは気恥ずかしくなって頭を掻く。すると先生が近づいてきた。

「来栖さん、水留さん。ソウタくんや子どもたちのこと、ありがとうございます」

「い、いえいえ! 僕は何も! 逆に出しゃばったことをしてすみません!」

「そんなことありません。貴方たちのおかげで、子どもたちの絆が更に深まったと感じます」

 先生が振り返ると、アラトたちは視線の先を追った。そこにはソウタを中心に子どもたちが集まっていた。彼らの顔は清々しく、アラトもその様子に目を細める。

「これなら、劇の成功間違いなしですね!」

「そうですね」

 ナキリが嬉しそうに笑えば、先生も小さく笑った。そして子どもたちの近くに行き、

「はい! それじゃあ劇の続きをします!」

 と子どもたちを遊戯室へと引率していった。

「私たちも行こっか」

 アラトは頷くと、ナキリと一緒に遊戯室へ向かった。

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